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BIMが切り開く新たな創造性 第4回〜 久米設計古川氏インタビュー〜

BIM設計若手の旗手、久米設計 古川智之氏にBIMと創造性についてインタビューを行いました。BIMが切り開く新たな創造性 第4回はその内容をお伝えします。

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JIA東海支部機関紙ARCHITECT連動連載企画

BIM設計若手の旗手、久米設計 古川智之氏にBIMと創造性についてインタビューを行いました。BIMが切り開く新たな創造性 第4回はその内容をお伝えします。

横関:BIMについては既に色々な所で記事になっています。今回は、クリエイティブな所、創造性という所にBIMがどういう役割を果たすのかという所を特にお話ししていただきたいです。例えば、新しいデザインや空間をどう生み出し、それによって人々がどれだけ豊かな生活を送れるようになるかなどBIMがどう貢献していくかをお話いただけると嬉しいです。

古川:はい。私は出身は愛知県で、名古屋大学の建築計画系の研究室所属でした。いま大学との関わりとしては、BIMの講義を非常勤講師でやらせて頂いています。

仕事では設計本部の医療福祉設計室と、ストラテジック・デジタルデザイン・グループという2つの部署を兼務しております。1つ目は病院を中心に、設計者として自らRevitで設計をしています。2つ目では、社内のBIM普及やDX、社外のBIM団体などに出席しています。また、Japan Revit User Group(RUG)の理事もやっています。ですので設計者と言いつつも、普通の設計者とは少々違うことが経験できていると思っています。

1、BIMが建築に何をもたらしたのか。

<BIMはプロセスの変革>

まず1つ目、極論を言えばBIMになったからと言って、そんなに変わらないと考えています。BIMだからこういう建築が作れるとか、BIMならではの建築を作るべきという話がありますが、私はちょっと否定派で、BIMはプロセスの変革であり、完成した建築そのものに直接インパクトを与えるものではないと思っています。

ただ、そのプロセスが変わったことにより、生み出される途中のアウトプットが変わりつつあるというのが私が整理しているストーリーです。従来の設計は、属人的かつ紙媒体ベースということで、関係者間のやり取りに無駄も多かったですが、やりとりをデジタルに置き換えていくことで無駄が減り、時間が生まれ、結果として検討に時間が割けるとかですね。

<もう二度と前のやり方に戻ることはない>

病院建築の話で例えてみます。例えば4万㎡の病院というと地方中核病院のクラスになるのですが、その4万㎡の病院だと部屋数が2000室、ドア数が2500個程度あったりします。これらの情報を効果的に管理していかないと、そもそも設計がまとまっていかない現実が実は前提にあります。

私が最初に配属されたプロジェクトが6万5千㎡の病院で、意匠だけで延べ10人近くかけてやっていたのですが、残念ながらBIMではなく2D-CADでした。私が一番下っ端で、とにかく平面図が変わったら3Dでモデルを立ち上げる。それから立面図と平面図の整合確認。面積、仕上表、建具の数のチェックだったりっていうのをやるわけですが、なかなか合わないんですよね。その時に思ったのは、「なんて不毛なことをやらされてるんだ。こんなことを若者にやらせてたら辞めていくぞ」と(笑)。

横関:なるほど。それは過酷な状況ですね。

古川:そこで、そもそもBIMだったらこんな苦労は無いという事にその時に気付きまして。BIMでやることのメリットよりも、私の場合はBIMでやらないことのデメリットを痛感しました。次のプロジェクトからずっとBIMでやってきたのですが、もう二度と前のやり方に戻ることはないですね。

<BIM情報リテラシー>

古川:最近キーワードとして私が推しているのは「BIM情報リテラシー」です。情報リテラシーの頭にBIMを私が勝手につけてみました。PC操作の教育というのは今や小学校でもやっていますが、それと同時に情報リテラシーの教育もやるじゃないですか。情報リテラシーの定義は情報技術を使いこなす能力と情報を読み解き活用する能力を指しているので、その頭にBIMをつけると、BIMの情報リテラシーになるだろうと。

BIMソフトの教育は色々と行われていますが、BIM情報リテラシーに当たる、情報を読み解き活用する能力とか使いこなす能力について、全然教育が行われていないんじゃないかなと。例えばBIM初心者は、BIMの一側面だけにしか目が向いていないケースが発生します。3Dモデルを直している際にも、そのモデルから別の図面や仕上表などが出来ている訳ですが、そこに意識が行き届かず、他の図面が崩れてしまったりするケースが往々にしてあります。結論から言うと、BIM情報リテラシーが欠けている状況では、プロジェクトはうまく着地しないと思います。

<水準以上のリテラシーがないと、そもそもBIMの恩恵は得られない>

古川:チームでBIM設計をする場合、ある人からすると、どんどんデータがぐちゃぐちゃになっていくように見えるシーンがあるんですよ。弊社には海外のグループ会社があり、そこと協力してBIMデータを作る場合もあるのですが、一昔前の協業当初は「私のBIMデータを壊しているんじゃないか?」と、そんな風に腹立たしく思ってしまう時もありました(笑)。

他にも「消えた防火区画事件」と私が呼んでいるものがあります。ある日を境に法チェック図から一部の防火区画が消えたんですね。原因はBIMを触ったばかりの方が、壁の属性情報として「防火区画」のパラメータがあることを理解せずに一般図を直してしまったことでした。一般図では白黒で同じように見える壁オブジェクトが、実は裏では様々なパラメータを持っている別々の壁で、そんなことはつゆ程も思わずに一般図でどんどん修正していったら結果として防火区画が消えてしまったと。

他にも実務では、集計していた面積が合わなくなるとか、建具の集計の数が合わなくなるとか、ヒューマンエラーに起因する予期せぬ出来事が起きたりします。BIMで実際に設計をやったことがある方であれば、多かれ少なかれ共感頂けるのではないでしょうか。もちろん作業者本人に悪気は無い訳で、それらのトラブル事象を第三者にどういう風に説明したら良いかと考えていた際に、この「BIM情報リテラシー」を思いつきました。

BIMデータを構成する要素として「オブジェクト」「図面」「属性情報」、そしてそれらの集計としての「データベース」がありますが、これら4項目が適正な状態になってないと、本来のBIMの恩恵を得られないと考えています。個人でやる領域からBIMで複数人のチームで設計をすることを考えると、意匠だけじゃなく構造、設備などの他セクションとデータのやり取りが必要になります。また、他事務所と協業するケースもあるかと思います。もっと広く捉えて施工者やオーナーも、といった具合にBIMに関わる人が複合的になってきた際に、より一層「BIMの情報をどのように使いこなすか」という視点が重要になるのではないでしょうか。もちろん完璧な状態を求めているわけではなくて、ある一定水準以上のBIM情報リテラシーがあることが、プロジェクトを成功に導く可能性を高めると考えています。

<信頼できる唯一の情報源>

古川:他にも『single source of truth』という単語はご存知でしょうか。

横関:教えてください。

古川:日本語だと『信頼できる唯一の情報源』と訳されており、実は私もここ最近知りました。先日アメリカのニューオーリンズで行われた、オートデスク社が主催の「Autodesk University 2022」というイベントに参加したのですが、そこのセッションでも何名かの講演者がこの単語を取り上げられていましたね。要はデータがある1カ所に、かつコピーとかが作られずに一元化され、情報源として信頼できる状態にあることがすごく重要なんだと。これはBIMをやっている人からすると、「一つのBIMのデータから平面図ができて断面図ができて、何らかの集計ができるという」、アタリマエな感覚ではあると思いますけど、それを明確に言語化できているのが凄くいいと思っています。

古川:ひと昔前からある用語らしいのですが、BIMと共に語られているシーンを私はあまり知りませんでした。先ほどのトラブルの例も、BIMソフトがこの『single source of truth』の概念を根底に図面や表を作ってる、ということの理解が不足していたと思います。

一方でBIMだから必ず『single source of truth』でも無いんですよね。例えば天井高さを示す際、天井オブジェクトの位置情報が2700になっていても、空間オブジェクトの属性情報として天井高さ=2500といったように齟齬が起きるケースもあります。データが二重に入っていて、言うならば”Single”になっていない状況ですね。BIMデータと建築の情報をうまく構成していかないと『single source of truth』にはなり得ないと思いますし、そこにBIMに移行する上での一つのハードルがあるのかなとも思います。

<2D-CADの手法をそのままBIMに置き換えようとすると無理がある>

古川:色々とお話して少し遠回りになりましたが、やはり「BIMが建築に何をもたらしたか」という点では、建築に関わる業務に対してすごく影響があるはずなのですが、どうもそこにあまり関心が無い方もいて、目をつむって一足飛びに建築がよくなることを考えてしまいがちなのかなと思う時もあります。

横関:なるほど。CAD化って、実はデジタル設計ではないですよね。どちらかっていうと手で描いていたものと変わらない。デジタル設計は、そこに建物そのものが存在してしまう。そうなったときに、BIMで行わないことがデメリットという事実が見えた段階から、次の段階にシフトしたんだと思うんです。ところがBIMでも同じことが起きたわけですよね。そこで結局ヒューマンエラーが起き、その時にBIM情報リテラシーというものに到達した。これは一つのストーリーになっていて、すごく面白いです。

古川:設計フローの話で言うと、2D-CADの手法をそのままBIMに置き換えようとすると無理がある場合もあります。2Dかつ紙主体で完成された方法だったものを、そっくりそのままBIMに置き換えようとすると、逆に無駄なことをやっているなと思う瞬間もあります。単純にBIMを導入したからうまくいくものではなく、本質的には設計や建築のプロセスそのものを問い直す必要があると思います。そういう意味で、BIMは建築の「プロセス」に影響を及ぼしている、と言えるのではないでしょうか。

2、BIMが建築をどう進化させるのか。


横関:先ほど冒頭でBIMが入った事によって建築がそんなに変わるわけじゃないという話もされていたのですが、実際はシミュレーションとか色々なことができますよね。それによって何か進化したんだろうと私は思っているのですが、この辺をちょっとお話ししていただきたいです。

古川:分かりました。私自身ももちろん、プロセスや手法が進化していけばいい建築に繋がるとも考えています。広義のBIMとしてシミュレーションも含めれば、その道筋は様々あるかと思います。

私が設計に携わった、あるプロジェクトが弊社のホームページに上がってるので紹介しようと思います。よくある病院の形態が、外来等が入っている低層部の上に病棟が乗っている「基壇型」と呼ばれるものです。揶揄されて「墓石型」なんて呼ばれたりもしてますけれども。一方でこちらの病院は低層棟と病棟とを並列配置した「分棟型」を採用しています。

通常、病室は小割りの部屋の連続なので、どうしてもそのピッチに合わせて下階まで柱が落ちてきてしまう。一方でこの建築は各々の棟で機能に応じた最適な構造形式やスパンを採用しています。また、機能に呼応した意匠と地域に開くことも意識しました。例えば浮遊させたボリュームの下が、ガラス張りの「さがみはらラウンジ」という縁側空間になっています。

横関:病院には見えないですね。

古川:この立面、全長140mぐらいあるんです(笑)

古川:また、この病棟のファサードは、Rhinoceros とGrasshopper を用いたアルゴリズムも駆使して形状決定しています。

配置計画上、病室が東西に面してしまうんですね。そこで西日対策や日射遮蔽が必要となってくるのですが、単にルーバーをつけるのではなく、構造フレームそのものに日射をコントロールするルーバーの機能を持たせてしまおうと考えました。

見付け400で奥行き1700程度の扁平柱と連続的に断面形状が変化する台形梁とで構成しています。日射遮蔽と眺望、それから構造合理性のパラメータを天秤にかけて検討しました。

また、設計時は3Dプリンターで出力した模型で形状のチェックも行っていました。実際の施工としては柱はPCですが、台形梁は現場で打っています。見る角度や光の当たり方で表情を変えるという、意匠面の面白さも実現できたのかなと思っています。

横関:これは真西を向いてますか?

古川:ほぼ西ですね。

横関:これは効いてきているなという感じはありますね。柱がちょっと傾いている。梁の先端が細くなることで、どういう効果が出たんですか?

古川:構造専門では無いので上手く説明できませんが、片側剛接で片側ピンに近い状態になるようです。また柱も普通に平行に並んでいると、強軸方向には強い一方で弱軸方向には倒れやすいのですが、柱を平面的に回転させたことで両軸に強くなっています。

<スピーディに合意形成していく>

古川:シミュレーションの話と共に、このプロジェクトではプロセスの改善も挙げられます。この病院のプロジェクトで、「国土交通省 令和2年度BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」にも採択されました。

この物件の規模は約3万㎡です。通常は1年半とか、長いと2年程度を基本設計と実施設計にかけるケースもありますが、基本設計4か月、実施設計は3ヶ月というほぼ半分以下の期間で設計を終える必要がありました。開院日が決まっており、とにかくスピーディな対応が求められました。実は分棟型にしたのも、工期短縮を狙った結果でもあります。

この物件は幸いにも、意匠設計者はほぼ全員Revitが触れる状況でしたので、プロジェクト開始からRevitで設計しています。LumionやVRを用いて、モデルと連動させた3Dイメージを施主にスピーディに説明し、合意形成していきました。

例えばプランが変わったとしても、再度プレゼン用の平面色塗りをして、変更後の面積を集計してとやっていたらすぐに時間が無くなってしまいます。設計者が検討と同時にアウトプットを出すので、そのタイムラグが無くなる。

余談ですが、設計者はBIMを触ってなくて、BIMオペさんとか外注さんとかが設計者が描いたCADをBIM化するという話もよく聞きますが、それでは本質的にBIMのプロセスになっていないと、私は思っています。

<デジタル上でのコミュニケーションができるやり方をとればよかった>

古川:現場段階でも、ゼネコンさんらのご協力により施工BIMとして干渉チェック等を行いました。その中で一つ反省していることがあります。ある日現場に行くと、低層棟の光庭から見上げた先にダクトが一本チラッと見えていました。光庭から上を見上げたらどうか、という設備取り回しの調整もBIMモデルの中で事前にやっていたんですけど、なんとそのチェックの後に誰かが空いていた空間にダクトを回してしまったらしいです(笑)

当然大人数で関わっているので、意図伝達の齟齬はゼロにはならないと思います。そこで私は、「あぁ、光庭上部の周辺に侵入禁止領域を示すボリュームを作ればよかった」と深く反省しました。それがあれば「なんだこのボリュームは?」と気付き、調整というコミュニケーションが生まれるきっかけになったかもしれません。誰でも後から意図がわかるように、デジタル上に記録を残し、コミュニケーションや周知ができるやり方をとればよかったなと思いました。

横関:面白いなと思ったのは、実際には見えないじゃないですか。でもそれが可視化できるっていうことが、今のデジタル上のメモの賢さであり、コミュニケーションを向上させている感じがしますね。

古川:そうですね。BIMだとオブジェクト=物があるところに意識が向きがちですけど、物がない空間そのものも意匠設計者はデザインしますよね。その空間にどういう意味があるかとか。私の場合は、その何もない空間で空を見通したいという意図だったのですが、その意図をデータにも込めておけば、結果は変わったかもしれません。

横関:最初の、防火区画が途中から消えてたという失敗例ですけど。あれを見ると途中までは赤いんですよね。あれは赤く見えている状態で作業したのにですか?

古川:いえ。あれは一般図ビューで作業していたので白黒だったんです。

横関:なるほど。そうすると、もしそこにちゃんと赤い色が付いている状態で作業していれば、そういうことは起きなかったわけですね?

古川:そうですね。

横関:今のお話と同じですね。デジタル上にやりとりの記録を残していくことの重要性ですね。皆さん、そういう失敗例は熱く語られます(笑)。

古川:成功したことをしゃべるよりこういう話の方が面白いかなと(笑)。これは意匠的なこだわりの点ですので、ある程度笑い話で終わる範囲だと思うのですが、当然それ以外に機能とか、病院であれば、患者さんの生命に影響を及ぼしてしまうような失敗も起きかねないと思います。重要な意図みたいなものは単に口頭や会議の記録だけではなく、そのままBIMモデルの中にエッセンスとして落とし込んでいくという手法もあるのかなと。もしかしたらそういう手法で、プロセスもそうですが、建築の価値が向上するようなことが起きるのかもしれません。

横関:いろんな方のお話を聞いてみても、おそらく建築の価値は上がってくるんじゃないかと思います。その建物にどういう価値があるかということさえも、将来は可視化されるのではないでしょうか。先ほどおっしゃったように、機能の問題や、生命に影響を及ぼすような問題がそこに潜んでないかどうか、これからAIも入って色がついくれると、そういうところを潰していける。BIMでちゃんと設計された建物は、それだけ価値が高いみたいなことはあるのではないでしょうか。

古川:そういう意味合いだと確かにそうですね。これは、国交省BIMモデル事業の報告資料にあるものですが、情報伝達の履歴をBIMデータの中に集約させていきましょうというものです。先ほどの例は施工時の話でしたが、これはどちらかというと設計段階での発注者-設計者とのやりとりです。いわゆる、共通データ環境(CDE)の話ですね。

例えば病院の場合だと、一つ一つの部署の人たちとヒアリングと称して直接対話しながら設計を進めていきます。ドクターは勿論ですが、検査部門だったら技師さん、病棟だったら看護師さんなどですね。コンセントの位置からカウンターの高さまで細かく確認していきます。

この共通データ環境の話は、BIMモデル事業の際は設計効率化や不整合軽減という視点で整理していますが、他にも「どういう経緯でこの設計になったのか」とか、「どういう使い方をイメージしていたのか」といった記録が建物と紐づいて残っていると、建物を使っていく上でメリットがあるかもしれません。最終的には維持管理の領域にも話が及んでいきます。

<自分達の運営の履歴、記録をBIMモデルに重ねていく>

古川:BIMモデル事業では、意図伝達や記録を残すピンを立てることのできるBIMビューアを開発して、それの試験的運用を行いました。例えば病院では、起きたインシデント(事故)を場所や物と紐づけて一覧にして残していく事で、「こういう箇所で事故が起きているので危ない」「こういう風に改善していきましょう」といった運用改善に繋がると考えます。

維持管理BIMにおいて、コスト削減だけではなかなかBIM導入にの動機付けになりづらいケースがあります。単なるコスト削減だけではなく、何か副次的なメリットが出てこないと難しい。一方でこうした運用改善に繋がるようなものであれば、病院の運営者や維持管理をする人にとっても品質向上とか安全性向上に繋がる、プラスアルファのメリットになるかもしれません。

横関:これはかなり有用ですね。建物の見え方が変わりそうです。

古川:はい。例えばこのタイプのインシデントはいつどこで発生したとか過去数年間のデータを取ると、ある一定の場所が見えてきて、潜在的なリスクがどこに潜んでいるのかとか、そういう発想に繋がると思うんですよね。

一つの物件だけでなく、広く地域や日本全体で情報を共有して、データがどんどん蓄積される状況が生まれれば面白そうです。今こういう場所でこういう問題が起きているので、それが施策だったり建築の設計指針みたいなものに反映される、といった発想です。

横関:要は求められる物が時代によって変わるという事ですよね。先ほど私は新しい設計にそれが応用できるんじゃないかって言いましたけれど、古い建物にも適用させると、例えばこの辺は今の時代と合ってませんとか、部分的な改修計画が立てやすいというのもあるかもしれないですね。そうすると、建物の評価が変わってくる。もしくは延命に繋がるとか、そういうこともできるかもしれないです。

古川:そうですね。

3、創造性をどう生み出していくのか。


横関:では、3番目の創造性の話です。ここは結構皆さん、お話しするのを苦しまれる所です。

古川:創造性をどう生み出していくのかですよね。。。では、先ほどお話ししたAutodesk Universityから少し引用してお話しさせて頂こうと思います。イベント内では様々な展示ブースやセッションがあったのですが、例えばこれはロボットが将来未開地を開拓していくときに、「川があって渡れない時に橋を自分で考えて作るとどうなるかと」いう思考プロジェクトらしいです。

<参考画像>

古川:自分で地形の形状とかを読み取った上で、最適な形状をジェネラティブデザインによって決定し、それを積層型の3Dプリンターで作るというストーリーでした。

また、こちらはSpace MakerというWEBブラウザ上で起動する新しいツールです。コンセプトデザイン段階で敷地の形状を入力するとオートビルディングという機能で自動的にボリュームを作ってくれたりするんですね。

その形に応じて、日照や風の簡易シミュレーションがワンクリックで出来てしまう。まだリリース直後なので、実務でどこまで使えるかは今後に期待という部分もありますが、凄く魅力的なツールに思えます。

また、こちらはAIの事例なのですが、バブルフラグでリビングとベッドルームとか、リビングと玄関といった空間と空間の繋がりを人間が定義してあげると、それをベースにAIが自動的に間取りを構成するというプログラムですね。

https://ennauata.github.io/houseganpp/page.html

昔は徹夜、日曜出勤もいとわず、「次回までに10案考えてこい」みたいな話って往々にしてあったと思いますが(笑)、今はもうそんな働き方はできなくなってきている。どんどん時間が制限されて、人も減ってくるという中で、作業はもちろんですけど検討やアイデアを出すことすらも、何かアップデートする必要があると思うんですね。

「AIに強化された人間」という考え方があります。これは、AIが誰かの仕事を奪うという考え方ではなく、AIによるサポートや新たな力を得て共に業務を行っていくイメージですね。

より進化すれば、AIが複数のプランを考えて提示し、人間が最適なプランを選択することができるようになるかもしれません。AIは同僚や部下、場合によっては上司のような役割も担うかもしれませんが、今後はAIと共存していく必要があると思います。このようなアイデアを導入し、AIに業務の一部を任せることで、人間の想像力すらもより強化することができるのではないでしょうか。

横関:なるほど。

古川:それで、AIに強化された設計みたいな発想になると思うんですね。

横関:まずAIに最初考えさせてから、そこから自分で面白そうなものをピックアップしてという時代がもう目の前にきている。0からスタートさせる事が本当にいいのかと私は疑ってまして、逆にどんどんこういうものを使う人たちが出てきてしまうと、どんどん差がついていきますよね。

古川:そうですね。ある程度の業務を代替してもらって、自動化できる部分はどんどん自動化していけばいい。真に人間しかできない領域、まだまだAIが人間に及ばない領域もあったりするので、そこだけ人間がやって、できることはAIに任せていくっていうような発想も必要かと思いますね。

横関:持てる人と持てない人で差が生まれる。

古川:そうですね。知ってるのと知らないのとで。

横関:例えば、この中から一つ選ぶとして、ここから全部図面を描く。多分、このイメージ通りのもの。文章は最初に入れなきゃいけないので、要は自分でこの形を生み出したと言えば生み出した。AIが出してきたものの中から一つ選んで、それに合わせて平立断面の全部作ってしまおうという設計の発想についてはどう思われますか?

古川:全然ありだと思いますね。今のお話はクリエイティブな領域を代替させようとしてますが、圧縮できるところはどんどん圧縮していっていいと思いますね。

横関:つまり作業的なものはコンピューターでやる。創造性とかイメージするところもある程度助けてもらう。 先ほどおっしゃったように、人間がやらなきゃいけないところが残っていく。実は、ここに設計の本質がある。

古川:本当にそうだと思います。例えば判断する上での評価基準を設けることも一例に挙げられますね。シミュレーションの例もそうですが、心地良さっていう感覚量と日射負荷という物理量は本来は同じ土台には乗ってこないものじゃないですか。それに加えてコストとか、人の移動距離とか、様々な異なるパラメータが横並びに並べられた時、プログラムに落とし込んでいくためには、それらを比較して点数同士の重みをつけなきゃならない。

すると、そのさじ加減はあくまで人間しか分からないもので、その判断基準を決めるのって人間しかできない設計行為だと思います。恐らく、我々設計者は普段感覚的にやってると思うんですよね。これぐらいコストがかかってもこれだけ窓から眺望確保した方が気持ちいいよね、とか。その評価の基準とか感覚は今はまだ人間にしかない。さらにそれは絶対的なものではなくて、人によっても変わるじゃないですか。主婦の方でも、人によってキッチンに対する考え方が全然違う。

横関:そうですね。私がちょっと気になっているのは、例えばAIが全部設計をしたとしても、その時人間はクライアントになりますよね。人間がそこを使うので。ということは人間に合わせなくちゃならないというのはAIも考えると思うんですよね。つまりAIが住むためのAIの空間であるわけではない。そこで結局、人間の本質的な何かこう気持ちいいとか楽しいとか、そういうところを見なければいけない。ということは人間のそういう感覚的なところから切り離せないですよね。そういう意味では、人間がいらなくなるってことは絶対にない。なんとなくは想像して色々出してはくるけども、結局AIは人間がどう思っているかはわからないですよね。最後は人間が判断しないと困りますという感じかなとは思うんですよね。

古川:一方でそれを繰り返していくと、きっと好みを覚えてくるわけで、感覚的な部分も見かけ上は人間に近付いてくると思います。AIに対して、「今日もいいの出してきたね!流石だね〜。」みたいな感じに(笑)。それこそまさに同僚、チームメイトですよね。

横関:先日、「AIが意識を持った」と主張したエンジニアが解雇されましたよね。喋ってるとそう思っちゃうんでしょうね。好みの返事をしてくれるから。

古川:そうですね。とにかく今後のデジタル分野においては、いろんなものを応用して、自信を強化して変わっていかないといけないでしょうね。

横関:強化されて生まれるというところは凄く面白いですね。ありがとうございます。

4、社会とどう接続させるのか。


横関:では最後の、社会とどう接続させていくかですね。私はもっと社会の中に投影していくべきだと考えるんですけど、古川さんはそれをどう実現させようとしているのか。いろんなアイディアがたくさん出てきましたが、例えば社会に問題がある場合、それを解決するために使うというのも接続ですよね。もしくは、今あるものを底上げさせて、例えば町というものをより住みやすいところに変えるとかいうのも接続じゃないかと。設計を行うことによって、単体のものがどうのこうのということではなくて、社会全体に対してプラスの影響を与えるような使い方をBIMとしてしていくには、どうしたらいいのか。

<単独でデータを持つという発想は、もう駄目なんじゃないか>

古川:なるほどそういうことですね。そうするとこの話に繋がりますかね。

BIMデータの仕上表や建具表なども一種のデータベースですが、かなり小さい規模です。本来はもっと大きなデータベースとの接続を考えていく必要もあると思います。

例えば今、何らか設計上の仕様を決めようとしているとします。従来は個人の経験や、数件の過去物件での結果によって判断が委ねられていましたが、今後はバックデータであるクラウド上のデータベースに紐づくような状況が考えられます。その中から最適と考えられるものを自動的か半自動的に選択するイメージです。バックデータも会社単独では無く、場合によっては日本全体でのBIMの蓄積や、コスト面やカーボンニュートラル等の環境面のビックデータと結びつくことも想定されます。

さらには都市のデータベースや、その他建築に関わらないとしてもオープンになっているソースであるとか様々なデータとの紐づきが予想されます。そのようなデータの分析に基づいて、設計したり判断したりということができるようになってくる。データベースと紐づいていけば自動化や最適化がなされる。さらにはそれらが順繰りしていくと、その先はまたAIの話になってくるとも思います。

そういう面で社会とどう接続させるのかという問いに対しては、「データで社会と接続」という発想になるかもしれません。

一つの建設のプロセスで、設計から、関係者にデータが繋がって、最後は発注者のもとに行く。そのサイクルがどんどん大きくなっていくと、データをみんなで共有するっていう発想に繋がっていくのではないでしょうか。そうすると「データを時間をかけてでも作る」というスタンスになってくると思うのですが、残念ながら今はなかなかBIMのデータ自体にお金が発生しづらい、評価されづらい。

データの受け手側も何に使っていいかがよくわかってない状況もあるので、そこにまだ価値が見出されてないと思います。BIMデータはデジタル上の建築物な訳で、リアルな建物と同様にBIMに対しても評価がされて価値が生まれることになると、データをみんなで育てるという発想になっていくと思うんですよね。単独でデータを持つという発想は、もう駄目なんじゃないかと思っています。

データを作っていった先に、ある部分は守秘的なものも含めてオーナーが専有すると思いますが、そうでは無い部分はある程度オープンにすることが考えられます。そうなっていくと、建築単体のデータが社会のプロセスの中で回っていくことに繋がると思うんです。そういう意味で、やはりオープンなデータにしていかないといけないのかなと思いますね。もちろん、乗り越え無いといけないハードルは多数ありますが。

横関:凄く面白いですね。例えば公共建築、病院も社会に開くとか、社会に接続するようなイメージ。でもそれは物理的な話じゃないですか。でも今おっしゃった発想はBIMじゃないとあり得ないことですよね。データ自体が社会に対して還元されていて、それが社会と接続していると。それはこれからの新しいあり方かもしれないですね。

古川:そうですね。それは別に規模の大きな公共建築だけではなく、数が圧倒的に多い個人の住宅も対象になり得るかもしれません。大きい建物のデータだけ蓄積していても点でしかない。それを面にしていくためには、あらゆるものがデータ化され大きい小さい関係なく色々なものと紐付ける。流通と紐づいたりとか、不動産と紐づいたりとか、場合によっては災害とか医療とか地域の福祉サービスと紐づいていく。なかなか日本だとデータをオープンにするのは難しいというか、まだオープンにしていく事が馴染んでいないと思うんです。その辺が課題になると思うんですが、そうなってくると初めてBIMのデータが社会と接続されていき、それが群になっていった時に初めてデータベースとしての価値を構築していくのかなと思います。

横関:凄く勉強になりました。これからBIMを始める人、若い人たちにとっても、とても興味深い内容だったと思います。ありがとうございました。

<参考情報>

久米設計
https://www.kumesekkei.co.jp

インタビュー デジタルデザイン
https://www.kumesekkei.co.jp/recruit/people_02.html

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